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やっぱネコ説

すでにお盆休みを思いながら仕事しています。暑くなってきてもう働く気がしない。

先月大阪であった地震。あれ以来、会社へ行くのがますます億劫になった。あの日は丁度起きてトイレに行こうとしたら地震があり「ついに東南海地震が来たか・・・!!!!」と急いでテレビをつけたものの、意外も震源地は大阪で(不謹慎かもしれませんが)拍子抜け。それでも揺れている間は恐怖で身がすくみ、大の大人でありながら「うわぁー!!」と叫ぶ始末。朝から肝が冷えました。

その日仕事は休みになったものの、テレビでは「熊本地震は数日後に同程度の地震が発生している」だの、「一週間は気をつけるように」だの、この後も同様の地震が来るぞ!!と脅されているようで正直しんどかった。

実は地震発生の前日(というか就寝前)に不安感というか、胸のあたりに圧迫感があり、何だか寝付きが悪かった。そして偶然にも「最近地震が多いからな・・地震が来る前に非常食や飲料水を買って備蓄しておかないとな・・」なんて考えていた矢先の出来事だったので、ナマズ的な予知が働いたのかもしれない。

さらに実は、これと同様のことを1995年1月16日の夜(それも就寝前に)体験している。そう、阪神大震災。もう寝る時間だというのにどうしようもない不安感に襲われ母親に泣きついたのだ。その時母親は気休めに、線香に火をつけて二段ベッドの四方をお祓いした。(といっても素人なので線香片手に知ってる念仏をごにょごにょ唱えただけなのだが。)自分は二段ベッドの上段、弟が下段で寝ていたのだが、弟と一緒に上段で寝た。その後ぐっすり眠っていたが、夜中にベッドがゆらゆら揺れて「弟がふざけてベッドを揺らしているのか??」と寝ぼけていると、弟が急にしがみついて来て、そこで異変に気付いた。揺れがおさまってから母親が「大丈夫だった?今の地震だったね」と様子を見に来てくれた。今思えば地震を予知していたのだと思う。

試しに「ネコ 地震 予知」で検索すると、ネコは第六感が優れている、地震を感知する、電磁波を感じ取る、そういった内容のサイトが出てきます。ということは、自分はある意味ネコに近いということか。だから人間社会で生きるのがしんどいんだな。(納得)

大阪はあの日以降同程度の大きな地震が発生していないので一安心だけど、もし通勤中に地震が発生したら?会社で発生したら?帰宅できなかったら?そう思うと会社に行くのが億劫になる。いや、会社へ行くのが億劫なのはそれだけじゃないなww

最後に、東南海地震について調べると、Jコーポレーションという会社のサイトがわかりやすかったのでURL置いときます。気になる人はコピペで検索してください。
http://www.jjjnet.com/namazu_jizennishiru.html

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岩合光昭の世界ネコ歩きと祖母&ハチの思い出

昨夜「世界ネコ歩き」が放送されていたので見ました。
今回はフィジーの猫。
フィジーはオーストラリアと同じ南半島にある島。
オーストラリアの右側、ハワイの右下にあります。
オーストラリア→フィジー→広い広い太平洋(北太平洋にハワイ)→ペルーみたいな位置関係。

暖かい島に住む猫。
どの猫ものんびり、気ままに生きている。
暖かい南の島でのんびり生きる・・・うらやましい。

猫との思い出は祖母につながる。
両親は共働きで、中学に入るまで学校が終わると祖母の家へ行き、母の迎えがあるまで祖母の家で過ごす。
祖母は白黒の猫を飼っていて、猫の名前はハチ。
祖母と同じおばあちゃん猫で、ハチはよく寝る猫だった。
「若い猫はよく動く。年取ったらばあちゃんと一緒で省エネになる」
ハチも祖母も空気もゆっくり動いていて、騒々しいのが苦手な自分は、学校から祖母の家に帰ると安堵した。
学校は嫌いではなかったけど集団が苦手だったようで、祖母の家に帰ると電池が切れたようにパタッと眠ることがよくあった。
眼を覚ますとだいたい隣にハチがいる。
ハチは鼻の通りがよくないので、いつもくーくーと寝息を立てているのだが、その寝息に誘われ二度寝してしまう。

寝るだけでなく遊ぶこともあった。
エノコログサ(ねこじゃらし)を見つけると、必ずハチのお土産に持って帰った。
寝ているハチの鼻先にエノコログサを出すとパッと目を覚まして素早く動く。
あっという間にエノコログサはボロボロになり、手にはひっかき傷ができるのだが、そんなのお構いなしにどちらも全力で遊ぶ。
祖母は「あんたら姉弟みたいに仲がいいね」と言い、祖母曰くハチが姉だそう。

小学6年の秋、学校にいる間にハチはこの世を去り、ハチの好きだったおやつとエノコログサを段ボールに入れて火葬にだした。

自分が猫と過ごしたのはこれが最初で、それ以降、猫と一緒に過ごしたことはない。

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猫のように気ままに生きたい

猫のように気ままに生きたいと望む、社畜の慧(けい)です。

朝早くにアラームの音で起こされたくない
一分一秒を気にしながら身支度したくない
満員電車乗りたくない
他人に気を使い、顔色伺って過ごしたくない
閉め切った空間よりも外の風を感じたい
無機質な事務所より木や草、鳥のさえずりを感じる自然で過ごしたい
騒がしい社内は嫌、静かな空間にいたい
昼飯は一人でゆっくり食べたい
お腹いっぱいになったら横になって昼寝したい
大人数の飲み会なんてまっぴら御免
休日まで会社の人間と一緒にいたくない
成長には興味がない
昇進なんて以ての外
機嫌よく、食べれるくらいの収入があればいい

でも、同期や後輩、上司とか見てるとそうじゃないんですよね。
出世して、お給料いっぱいもらって、欲しい物買って、会社の業績を良くして・・

こういったことに共感できないのは、もしかしたら自分は人間じゃなくて四足歩行のアニマルなのかも?
本来四足歩行のところ、必死に二本足で立って、人間社会に馴染もうとするアニマル。
アニマルだから人間語が理解できなくて、アニマルだから人間社会のルールになじめない・・・
そう考えるとしっくりくる。

ジブリの某狸映画を見るたびに思う。
狸よ、人間社会は大変だぞ。